新しいことを学びたいと思っても、50代の私には、始める前から小さな壁がいくつもありました。若い頃のように、勢いだけで申し込めない。家のことや仕事のことを考えると、まとまった時間が取れなかったらどうしよう、と先に心配になっていたのです。
興味のあるオンライン講座を見つけても、画面の前で迷っては閉じることを繰り返していました。けれど、短い時間でも続けてみたら、学ぶことへの気持ちが少し変わってきました。今回は、そのときのことを残しておこうと思います。
BEFORE|始める前に、できない理由を並べていました
以前の私は、何かを学ぶなら、ノートを用意して、毎日決まった時間を取り、最初からきちんと理解しなくてはと思っていました。だから講座の案内を見ても、「今の私には続かないかもしれない」と感じて、申し込むところまで進めませんでした。
パソコンの画面に出てくる言葉にも戸惑いました。知らない用語が並ぶと、その場で調べなくてはいけない気がして、ひとつ分からないだけで手が止まりました。家事の合間に少し見ようとしても、途中で呼ばれたり、夕方になれば別の用事が出てきたりします。中途半端に終わるくらいなら始めないほうがいい、と自分に言い聞かせていたのだと思います。

学びたい気持ちはあるのに、準備ばかり考えていました。
きっかけは、短い動画を最後まで見られたこと
あるとき、気になっていた講座の短い動画を、食器を片づけたあとに見てみました。全部を理解しようとはせず、その日は再生ボタンを押すことだけを決めました。内容は途中で分からなくなりましたが、最後まで見終えると、思っていたほど疲れていないことに気づきました。
それからは、一度に進める量を小さくしました。動画は一つだけ、ノートには気になった言葉を一つだけ書く。分からないところは印をつけて、すぐ答えを探さずに次へ進みます。まとまった時間がない日は、前に書いた一行を読み返すだけにしました。何もしない日があっても、次に開く場所が分かれば戻りやすいようでした。
ある週末、家族に説明してみた小さな出来事
ある週末、台所で家族と話しているとき、講座で聞いた内容に少し触れる場面がありました。うまく説明できる自信はなかったのですが、「こんな話を聞いたよ」と、自分の言葉で話してみました。
途中で言葉に詰まり、あとからノートを見直したくなりました。それでも、画面を見ているだけのときより、どこがあやふやなのかがはっきりしました。家族から「それはどういうこと?」と聞かれて、次に講座を開くときに確認したいことも見つかりました。小さな会話でしたが、学んだことが暮らしの外に少し出てきたようで、うれしく感じました。

分からないところが見つかるのも、次へ進むきっかけになりました。
AFTER|「分からない」が、前ほど重くなくなりました
少しずつ続けるうちに、知識が急に増えたわけではありません。ただ、分からない言葉に出会ったとき、すぐに向いていないと決めつけなくなりました。今は分からなくても、あとで聞き直したり、別の説明に出会ったりすることがあります。
学ぶ時間も、特別な予定ではなくなりました。家の中が少し静かなときに動画を開く、買い物のメモの横に気づきを書く。その程度でも、前の自分より一歩進んでいるように思えます。始める前に想像していた「きちんとした学び方」から離れたことで、かえって続けやすくなりました。
続けるために、私が気をつけていること
一度に進める量を決めておく。 時間がある日にまとめて頑張ろうとせず、動画一つやノート一行で区切ります。終わりが見えると、開くまでの気持ちが軽くなります。
分からない言葉を、その場で抱え込まない。 印をつけて先へ進み、気になればあとで調べます。すぐ理解できないことを、失敗のようには扱わないようにしています。
休んだ日を数えない。 忙しい週は画面を開けないこともあります。空いた時間を責めるより、次に戻る場所を残しておくほうが、私には合っていました。
おわりに|学びを暮らしの中に置いておく
50代から何かを始めるとき、以前より慎重になる自分がいます。でも、慎重だからこそ、自分の生活に合うやり方を探せるのかもしれません。
大きく変わろうとしなくても、気になることに少し触れる時間があると、毎日の見え方がわずかに違ってきます。これからも、分からないままのことを抱えながら、自分のペースで続けていこうと思います。
