朝、目が覚めてもすぐには体が動かず、布団の中でしばらく時計を見ていることがありました。起きてからも頭がぼんやりして、朝食や洗濯のことを考えるうちに、気持ちだけが先に急いでしまう。50代になってから、そんな朝が少し増えたように感じていました。
何か特別なことを始める余裕はないけれど、朝の最初の数分を変えられたらと思い、白湯を一杯飲むようになりました。お湯を沸かして、少し冷めるのを待ってからゆっくり飲むだけです。小さな習慣ですが、私にとっては一日の始まりを落ち着いて迎える目印になっています。
BEFORE|起きた瞬間から、やることに追われていました
以前の私は、目覚ましを止めるとすぐに台所へ向かっていました。朝食の用意をしながら洗濯機を回し、スマホで天気を確認する。手を動かしているのに、次の用事を考えてばかりで、朝の自分の様子に目を向けることがほとんどありませんでした。
急いでいる日は、冷たい飲み物を少し口にするだけで出かけることもありました。朝食を食べる頃には気持ちが落ち着いてくるのですが、それまでの私は、どこか置いていかれているような感覚でした。朝からだるさを感じる日は、「今日もこの調子か」と少し気が重くなることもありました。

朝は、気持ちが追いつかないまま動いていた気がします。
きっかけは、湯気を見て手を止めたこと
あるとき、朝食の準備でお湯を沸かしたあと、湯気を見ながらふと思いました。慌てて次の作業に移る前に、このお湯を一杯飲んでみよう、と。最初は熱すぎてすぐには飲めなかったので、お気に入りのカップに注いで、支度を始める前に少し冷ますことにしました。
私が続けているやり方は、難しいものではありません。起きたらやかんでお湯を沸かし、カップに注いでからカーテンを開けます。そのあと、座って二、三口ずつ飲みます。忙しい朝は、全部飲み切れなくてもそのままにします。温度が気になるときは水を少し足し、無理に熱いまま飲まないようにしています。
大事なのは、白湯を飲むことを新しい予定にしないことでした。お湯を待つ間に窓を開ける、カップを持って椅子に座る。それだけで、朝の支度の前に短い間ができます。時間が取れない日もあるので、できなかった日を気にしないようにもしています。
ある朝、カップを手にしたまま窓の外を見ていました
ある朝、いつものようにカップに白湯を注いでから、窓際に立ちました。外はまだ静かで、すぐに洗濯物を干そうと思っていたのに、湯気が落ち着くまで少し待つことにしました。
カップを両手で持っていると、肩に力が入っていたことに気づきました。白湯を少し飲んでから、今日の予定を頭の中で並べてみると、急がなくてもよいことが一つありました。先に洗濯物を干してから出かけようとしていた予定を変え、帰ってからにしたのです。ほんの小さな判断でしたが、その朝は出かけるまでの気持ちに余裕がありました。

一杯の白湯で、朝の順番を考え直せる日もあります。
AFTER|朝の自分を待つ時間ができました
白湯を飲むようになってから、朝のだるさがなくなったわけではありません。それでも、起きてすぐに用事へ飛び込む前に、いったん座る時間ができました。眠りが浅かった日や、前日に考えごとがあった日も、カップを手にすると「今日はゆっくり始めよう」と自分に声をかけやすくなりました。
以前なら、朝の不調を気合いで押し切ろうとしていたかもしれません。今は、白湯を飲みながら予定を少し減らしたり、朝食を簡単なものにしたりします。体の変化を大きく期待するためではなく、その日の自分の様子を確かめる時間として、白湯を置いています。
白湯を飲む温度がなかなか下がらないときは、専用のマグカップも選択肢になりそうです。実は私も、このマグカップを使っています。
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続けるために、私が気をつけていること
カップを決まった場所に置く。 朝に探すものが増えると続きにくいので、よく使うカップを取り出しやすい場所に置いています。目に入るだけで、お湯を沸かすことを思い出せます。
熱さを我慢しない。 急いで飲もうとせず、飲みやすい温度になるまで待ちます。待つ時間も朝の習慣の一部だと思うと、気持ちがせかせかしません。
飲めない朝があっても、そのままにする。 外出が早い日や、家のことで手が離せない日もあります。続かなかったと数えるより、次の朝にまたカップを出せばよいと考えています。
おわりに|一杯の白湯から、朝の余白をつくる
白湯を飲むことは、私の朝を劇的に変えるものではありません。ただ、お湯を沸かしてカップを持つ数分があると、朝の始まりに自分の居場所ができるように感じます。
忙しい日ほど、何かを足すより、少し手を止めるほうが私には合っていました。これからもその日の様子を見ながら、一杯の白湯を朝の小さな合図にしていこうと思います。

